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HOME  >  弁護士コラム  >  当事者の証言は証拠になるか(供述証拠の信用性2)

弁護士の木岡です。

前回に引き続いて,「供述証拠」について書いてみたいと思います。

 

「裁判において,証言や供述が信用できるかどうかを判断するときに,重要なのは何か」

ということについて,一般の方がよく気にする項目として「供述態度」が挙げられると思います。つまり「堂々と話せているかどうか」とか「証言を行う際に緊張していないかどうか」,「目が泳いでいないかどうか」などです。

 

確かに,我々が普段知り合いなどと話していて,その人が嘘をついているか否かを感じるときの,一番のポイントは供述態度であるといえるでしょう。また,「視線が右上を向けば,その人は嘘をついている可能性が高い」という心理学的な考察も広く知られているところで,その意味で供述態度というのが「供述の信用性」の検討要素として一番身近に感じられるのも無理がないと思います。

 

ところが,裁判実務においては「供述態度」というのは,あまり重視されない項目になっているのです。

 

この理由は,裁判という環境が一般の人にとって極度の緊張をもたらすものである,ということに由来します。つまり,どれだけ正直な人であっても,自分の証言で自分(あるいは人)の人生が懸かっているというシチュエーションにおいては,緊張するのは無理もないことなので,例え証言者が緊張していたり,少し言いよどんだとしても,それは大目に見なければならない,ということが基本的な司法関係者の共通認識になっているのです。

 

よく依頼者の方で,「自分はあがり症だから,証言するのが本当に不安だ。このままでは,自分の言っていることが信じてもらえるかわからない」と不安に思う方がいらっしゃいます。そんな時,私は「不安になる気持ちは仕方がないと思いますが,決して緊張していることが不利に働くことはないから,堂々と自分の記憶に従って供述してほしい」とアドバイスしています。

 

ただし,誤解のないように言えば,供述態度も全く意味がない項目とみられているのではありません。例えば,陳述書に記載してあるはずの項目の複数を,全く思い出せなかったりとかした場合には,その供述の信用性はかなり低く見られます。

 

いずれにしても,緊張しても気にせず自分の記憶に従って供述する。が,裁判の鉄則です。